ライオンハートリハビリデイ夢のみずうみ村

浦安の夢のみずうみ村が9月1日から、標記の名称に変わった。

先週の土曜日29日、仕事を終了して7時半過ぎから 職員21名が参加して、浦安デイサービス終了の会が行われた。去る者もいるが、6割くらいの職員がそのまま残留してくれる。

利用者さんも200名以上、いや大半の方が継続利用されると知った。改めて、夢のみずうみ村を自画自賛したい。「ここでなくてはダメなのです」と皆さんがおっしゃる。「夢がいいのです」と。「他を見たけど、自分の居場所ではない」と。自由空間が多いからか? 集団同時一斉方式(同一時間帯に、その日の利用者全員で一つのプログラムを行うやり方、例:朝10時に集団レクを利用者さん全員が行う方式)を取らないこと=自由奔放 と感じられるのだろう。それは自由放任主義と誤解されるほどの利用者さんの意識をもたらす。しかし、夢のみずうみ村の職員だけは知っている。「スター制度」でその日の出勤スタッフ全員が役割分担を当日その日のスター役(交代制)から指定されて動く仕組みで動いていること。その中に「芸人」「流し」という役目があること。「引き算の介護」の基本姿勢で介護しているということを。

人間本来は、自分の意思のまま、気の向くままで過ごすことが最も幸せなのである。自己選択自己決定方式と名付けた夢のみずうみ方式は、のれん分けした新しい施設でどれだけ息づいてくれるのだろう。職員がそのまま残ってくれたとしても、見える風景がほとんど変わらず以前の夢のみずうみ村であったとしても、少しずつ変わるはずである。それでいい。それがいいのだ。人間の成長がそこに生まれるからだ。変化しない方がおかしい。

夕方の職員諸君との「終了の会」は宴会になった。ブータンからやって来た留学生スニル君とダワさんが作ってくれた少々辛い料理、うまかった、コロナ対策で、座る位置、バイキングの位置が工夫された会場配置。少し隅っこに座った私は、次第に感傷的になってしまった。目の前に見える「丸の内」と名付けた広場。そこの壁紙のレンガ。いくつもの見本から、官庁街の丸の内のイメージだからなあと思って選んだこと思い出したらうるんできた。床を見ると、床板が随分黒ずんできた。真新しい床板を、職員たちと争うように張った開設前の工事。女性職員も一人前の職人だった。夢のみずうみ村内の各場所や機器の名前付けは、職員みんなの投票で決める。1階の右手奥のトイレはキングトイレと命名された。藤原一人で床張りしたことをみんな承知していたからだ。いま見ても、哀れな出来栄えである。水道部分の管が入るところに隙間がある。どうやってもうまく板を張れず、穴が開いたままになってどうしようもない。プロの職人が行った仕事なら施主は大いに苦情を申し立てるところだ。絶対に許されない荒作業だ。それが残っている「キングトイレ」。それらの事の推移を頭でめぐらしていたらまたうるんできた。目の前ではみんなが楽しく食べたり飲んだりしている。

そのうち、一人一人が思い出を語りだした。夢のみずうみ村を何と大切に思ってくれていたのかとまた泣けた。自然に、夢村が自分を育んでくれたと話していただいた。ありがたかった。うれしい限りであった。苦情もいっぱいあってもおかしくないのに。フィナーレというのは人間をやさしくさせるのか。いや、本当にみんなはそう思っていたのだろう。うれしい限りだ。

事業譲渡したカスケード東京の篠田社長と久保田さんが盛況の最中にやって来て頂いた。引き継ぐ先のトップが、去り行く「夢のみずうみ村」にエールを送り、新しい「少し長くなった夢のみずうみ村」の誕生に同席したいという衝動が湧かれたことが嬉しい。何という人だ。こういう人が引き継いでくれたことに今更ながら感謝したいと思った。うれしかった。私より30歳近くも若い社長、生一本だ。若い頃の私を訪仏させていただき心地いい。老いぼれの今の私ではなく、若い頃の私と比べても彼の方が(失礼ながら)筋がいい。具体的にこの点を挙げるとすれば、いの一番には彼の話しぶりだ。私の場合は、だらだら外堀から長々語り出し、肝心の本丸に至るまで時間がかかりすぎる。彼は、ずばっと、本丸から話がスタートできる。話しっぷりだけではない、経営の筋も実績が示している。持ち上げるつもりはさらさらないが、少ない彼との接触期間であったが、私の感じたままをここに記したまでである。言いたいことは、この新しい施設が発展しないわけがないということである。これほどの人たちの集った場所だ。それを束ねる彼がいるということだ。素敵な会であった。

中締めだと、岡田雄三君が私にマイクを向けた。泣くまいと決めていたのであるが、危なそうになったので叫んでごまかした。

ありがとう、皆さん。ありがとう。夢のみずうみ村はどういう形になっても不滅です。なぜなら、職員一人一人の意識の深層に棲みついているのです。利用者さんお一人お一人の身体や習慣のなかに潜んでいるのいるのです。だから。

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