日別アーカイブ: 2019年12月12日

私は 線香花火師である 

 昨今、花火師は大活躍である。各地の花火がTVでも放送される。長岡花火大会は圧巻だ。実は、長年、私は花火師を自称してきた。私が打ち上げる花火は線香花火。そう、私は線香花火師なのだ。打ち上げ方はささやかだ。職場で何かを提案したり、様々な行動規範をこうしようよと話しかけてみたり、線香花火はあちこちで、私の口や手足を使って打ち上げられる。それらは、一貫性が弱くはかなく、輝きはかすかにあるが瞬間的である。だから、これらの私の言動は線香花火師と自称するに似つかわしい。自分では、大した規模ではないと思っているのだ。じっくり思考し、誰かと相談し、人手をかけ、段階的に企画展開する、そうした、進め方が望ましい。まさにそれこそ仕掛け花火だ。大輪の花火を上げる仕掛け花火師がいいに決まっている。しかし、最近になって強く思う。所詮、私は線香花火師人生をおくってきたのではないか。71歳になって本当にそう思う。わたしの花火の仕方は簡単だ。格好の花火ができる場を探し出したり、つくり出したりは案外と苦労しないし、行き当たりばったりである。即興だったり、どさくさに紛れたり。そうなると混乱状態が多いから、からだを張って周囲を落ち着かせようとして動きまくる。絶妙にうまいタイミングでこの線香花火師は動くのだ。苦境に立ったり、先が見えなかったり、どさくさであるほど冴えてくる思考・行動パターン。わが行動特徴こそ、一言で線香花火師だとして片付く。あちこちで火をつけたかと思うといなくなる。ささやかな線香花火ではあるが、暗闇に放ったものだから、あたりに存在する人々に、なにがしかの感動を生み、後に続こう(もう一本火つけて!)という衝動を引き起こすこともあるかもしれない。こういう行動パターンは、一貫性が保てないぞ、最後まできちんと面倒見なさいよ、始めたのだからと非難を受ける。無責任だともいわれることにもなる。私は、きっかけ作りをしたいと願って、線香花火に火をつける。消えた先は、あなたや、皆さんが、まず、自分で、線香花火に一本火をつけ、さらにさらに、本格的な仕掛け花火を組み立てようよかという気持ち、意識を持って頂くことが、基本的な願いであり、意図するところであるのだ。ならば、線香花火なんか火をつけないでくださいという声も聞こえそうだ。そうなると、まったく灯りがない、見えない、真っ暗だ。それがいやなので、私は勝手にあちこちでマッチを擦る。ささいな線香花火でいいから、なにがしかのきっかけを作ろう、痕跡づくりをしよう、そうすれば、何かが動く、ヒトが動く、ことが始まる、より良いことに向かう。何もしなかったら、ただの暗闇でしかない。それを私は良しとしない人生を歩んできた。特に71歳を過ぎてから、私は、些細なこと、普通のことをふつうにしていこうということに気を配るようになってきた。普通でいい。そこに線香花火をつけ、普通を引き起こそうとし始めている。そんな思いである。何もしないより、何か起こしたほうがいい、特別なものにつながらなくてもいいけど、なにがしかの期待感を持って線香花火をともし続けたい。行動パターンを見直そうとしている自分がこのブログに正直に書こうと思ったまんまを書いている。  線香花火ではなく、じっくり、大玉の花火を作ってはどうか。ひと張り、ひと張り薄紙を火薬玉にはりつけ、大玉にしていってはどうかという提案はごもっともだ。そうしたいと思わないわけではないのだが、そこをちょっと考えてみてほしい。  自分が中心になって、大きな企画をする事業(仕掛け花火と例えている)をする場合に、私が中心にいなくてはなるまい。もはや、次の世代にバトンタッチしていこうとする我が人生の段階だという自覚が強いもんだから、私は、端役であって、主役になるまいと心がけている。しかし、夢のみずうみ村は、私が創始者であるため、何かを私が提起したりすると、周りの人たち、スタッフ、職員は、私の言動に期待感を持ってみてくださる。それはそれでうれしいし、ありがたいのだが、私は、そこに、身を置いてはいけない。ちょこっとしかそこに居ないようにして、その大玉を作ろうねと声をかけ、後は誰かに作ってもらうことを期待してその場を去る。もはや、そういう時期段階に夢のみずうみ村は来ているのだ。次世代にバトンタッチするべきであると思うのだ。大玉をうまく作ってほしい、素敵な仕掛け花火を打ち上げてほしい。できるかどうかは、あとを担った人達の活躍次第。ヒト任せかもしれないが、その人物たちの成長を期待しているのだ。てとり足取りは教えずとも、見よう見まね、端緒きっかけだけ手を貸し、残りの大半は頑張ってもらうという意図なのだ。だから、線香花火なのだ。どうもそれは理解されにくいようである。私の線香花火はあちこちで火が付くものだから、手が足りない。線香花火はすぐに消える。目に焼き付く前に消える。しかし。心に残ってはくれないだろうか。マッチ売りの少女の、マッチのごとく願い思う。  今、第二期夢のみずうみ村繁盛期を控え、夢のみずうみ村の基本組織改革を実践中である。組織を見直し、アメーバー方式(京セラの稲盛和夫さんご指南の方法)を原点としてみんなで動こうとして、やがて1年半になる。  職員一人一人に火をつけないと、大玉花火はできないというのは正解だと思う。だから、私は線香花火師で残りの人生、大活躍しようと決めたのだ。71歳を過ぎたので。言い訳をすれば、もはや、大玉を打ち上げるほどの能力体力が私にない。線香花火程度しかない。しかし、どっこい、その線香花火は、ものすごいぞ、ということを語りたい。だから、ブログで、内情、心情を白状している。どなたからでも結構、職員各位に手を貸してあげてほしい。ご自身でできそうなことがあれば、申し出て頂き、夢のみずうみ村のさらなる発展の姿をみんなでみたいものである。  71歳になって、本当に、強く、自身の行動特徴を認識し始めている。見えてきたといいたい。一人の力で何もできないことは百も承知。だからこそ、職員諸君の力を借り出したい。案外そこが難しい。夢のみずうみ村創世記であれば、「私が走る、みんなー、ついておいで!」で、走り回った。そこで線香花火は、数々の仕掛け花火を連続で打ち上げてきた。しかし、もはや?、20年前とは全く違うだ。働き方改革が起きており、夢のみずうみ社は健全企業でありたい。そのうえで、職員個々の意識に火をともすことが重要課題なのだ。そのために線香花火師が必要なのだと勝手に決めている。      周辺の人たちを誘い込もうと、さっとマッチを1本取り出す。線香花火をおもむろに持つ。マッチを擦る微妙なタイミング。それこそ花火師の技。線香花火の最初の閃光(せんこう)がパッと散って「事」がおきはじめると、いざ開始の合図。小さい火玉が生まれる。生まれるという表現が適切だと思う。徐々に、火薬に火が回り、やや大きい丸い小さな、しかし、しっかりした、火玉となる。持ち手が息を凝らして手を揺らさず、火玉の成長を見守る。少しでも揺れたら、火玉は無残にも落ち、残った火薬でごくごく小さな火玉になってしまうからだ。火玉から、小さく細い柳の枝状のものが飛びかう。火玉がすぐに落ちず、徐々にうまく広がる場合は結構立派なパチンコ玉のようなおおきさになる。火花は、自分の目の前でささやかで見事な花火大会が展開する。この一連の花火成長過程が線香花火のすごさであり、持ち手の人間性の全てだ。やがて、ちりちりとかすかな音を立て、雪化粧のような見事な火花が四方に飛び散る。勢いよく。つかの間、じっと、指先に力を集中させ、指を揺らさず、手を動かさず息を凝らしてじっと持つ。火玉を落とさないように。そのうちに勢いが衰える時がやってくる。「ああ。まもなく終わるなあ」と感じる。はかない。ぽたりと、はっきり落ちる瞬間が必ずやってくる。さみしい。ほんのわずかな瞬間、時間である。にもかかわらず人生が垣間見える。線香花火はすごい。極小花火大会。こうした感動の積み重ねが人生であるというのがわが信念である。  こうした線香花火を仕掛ける中味ことを、私は、この4,5年意識して行っている。仕事で各職場、様々な方々にお会いし、出向き、様々な提案、提言、既存の夢のみずうみ村方式の改良、私案の提起や、生き方、利用者さんとのプログラム考案の顛末、会社運営の一翼提言、利用者さんや職員の諸君に働きかけ、などなど、雑多に、目の前のものを、無我夢中に立ち向かい、即断し、これでいいという確証のないまま、Betterだと直感した方向に対処してきた。場当たり的だといわれるかもしれないが、ありがたいことに、私には、支えてくれるブレーンがある。副代表や、総務部長、各施設の拠点長といった管理職たち。私のしりぬぐいを間違いなく、彼らが担ってくれていると思い、公開の場で感謝を申し上げたい。しょせん、まだ、線香花火をあちこち、大量に火をつけていかねばならない。良く、見てほしい、感じてほしい。線香花火は、その火玉の大きさで、こうしたい、ああしよう、どうですかと、ささやかだが、「事」を起こす、きっかけが象徴されているのだが、それがわからないと厳しい。線香花火の寿命がないからだ。素早く感じ取る習慣が備わるかどうかである。むなしいか。「事」とは、利用者さんや職員とのかかわり事であったり、施設の運営に関する相談事、様々な相談事である。それなりに、回数を重ねる、すなわち線香花火を打ち続けると、見えてくるのではないかと線香花火師は思う。  私は、火付け役。マッチを擦る役目は私。線香花火を持ってくれているのが職員一人一人。利用者さんお一人おひとり。とにもかくにも、私は、線香花火師でしかない。マッチを擦り、花火を手渡し火をつけ、あちこちで線香花火大会。燃えカスをバケツに入れましょうと、伝達し、つかの間を楽しむ。線香花火であっても、まず誰かがマッチを擦り、それをつなぎつなぎして大きな花火にして天高く上げるという生き様を、この2,3年前からよしとしてきた。  線香花火大会を意図的に展開してきたという話である。夢のみずうみ村山口でまず始めようとした。2年くらい前か。ついで、世田谷新樹苑でもほんの少し展開し、本格的には1年半以上前から、防府デイサービス、少し遅れて、浦安デイサービスで打ち上げている。夢のみずうみ村は脱皮すべきタイミングに迫られている。第二期夢のみずうみ村発展期を控えているのだ。花火は線香花火である。私一人にしか見えていないかもしれない。71歳を過ぎて覚えた、線香花火師の技。しかし、結構,鮮烈な花火の力。そのことを、このブログで内外に伝えたいと思った。  線香花火1本、火を焚(た)きつけ、次の受け手を待つ。次の、次の受け手は、私から、線香花火を差し出し、それを持ってくれるかどうか。私の火玉が落ちる前に、そっと、しかし、素早く、線香花火の先に火をつないでくれる。そして消えそうになったら、ほかの人に、同様に、つないでいってくれるか。そして、いつか、誰かが持っている、少し大きい手持ち花火につながるか?   こうして、線香花火のかすかな火玉から、徐々に、大きな、花火に広がっていくというイメージを、周辺に集まってくるメンバーと共有したいと願う。昨今、いろいろな企画をしたい、計画を立てたい、プログラムを生み出したい、第二期夢のみずうみ村事業の転換期だと言い出しながら、私は、ひたすら、線香花火をしっかり作り始めている。大玉花火は、まだ、火薬を詰め込んでいる段階である。薄紙をたまにはりつけるまでに入っていない。だから、周囲に語り掛けたい。「みんな!、ひたすら線香花火にいくつも火をつけようよ!」と。火玉ができ、落ちる。また、線香花火をつけ、もえ、落ちる。じっと待つ。私一人では、何もできない。だから、誰かの力を借りたい。そして一緒になって、夢のみずうみという大玉の花火を打ち上げたい。  線香花火なら「やってみようか」の声を期待している。火玉がぽたりと地に落ちる。一瞬の闇。次の線香花火をつけてくれる花火師が現れることを期待して、そこを去る。もっとそこに居たいが去らねばならない。次の場所でも、線香花火師、藤原に、お声がかっているからである。次の場所でも私は、しょせん線香花火師である。繰り返すが、仕掛け花火をやってのける大掛かり花火師ではない。そこがポイントである。私に過剰な期待をされても困るのである。小回りが利く線香花火師に過ぎない。所詮、線香花火。しかし、どっこい、心の中に、じわっとしみこむ線香花火なのだ。  昨今の私の仕事の現状を線香花火師に例えた。何もできない自分に困り果てているからに他ならない。しかし、ともし火をともす責任が私にある。大きな灯りを、しっかりともしていくためには、走り回って、あちらこちらをともしていきたいが、各所で、周りの方々の力にすがりたいという、この花火師の文章に込めた そういう、仕掛けを、夢のみずうみ村の、ここかしこでやっていこうという昨今。首都圏、山口県を行ったり来たりしながら、それぞれの施設の利用者さんから、もっと、来てくれよと言われながら。職員各位からも、仕掛け花火でなくていいよ! 線香花火では、普通の手持ち花火すら上がらないよ。せめて、もっと、地に足をつけて、各デイサービスを回って、利用者さん、職員と、一体感を持って、仕事をしてくれないないか。ささやかでも暖かい手持ち花火でいいからあげて以降よと、強く、何度も、何人からも訴えられる。だから、私は答える。所詮、私は、線香花火師だと。蛍の灯にも勝るとも劣らない、花火を打ち上げるから、その火玉をすくい取って、火玉をつなげて、さらに、大きな花火を作るのは、あなただ、お願いだから、線香花火の火を消さないでつないでよ!と。そして、いつか、手持ち花火をいっぱい仕掛けて、大輪の花火を、それぞれの持ち場で、それぞれの心の中に打ちあがていこうよと願うのである。

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