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命を使っている

随分と、ブログを更新していないので、具合でも悪くなったのかと6人もの人からメールや声をかけられた。ただ、忙しく走り回っていただけである。 ずっと前から忙しかった。この半年くらい前から、それに輪をかけて忙しい状況になった。いや、そういう状況を自分で勝手に作ったのだろう、とおっしゃる方は多い。そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬが、それを分析したり、もたもたしたりする間も惜しいから、そうしないで走り続けている。目の前に出てきた事象・出来事・課題をこなすのに必死。無論、そうしようとするのは私の意思であり、拒否はできるのだろうが、そうしたくない。だからこんな始末だ。これが我が人生と、納得した走りっぷりなのだ。 先ほど機内で、ノートルダム聖心女子学園理事長、渡辺和子氏の「雑用はない」(文芸春秋10月号)を読んだ。ここ最近、沖縄、札幌、浦安、出雲、浦安、山形、浦安、山口と、1週間余の移動。搭乗機の離陸を待つ機内、電子機器を使えない時間帯での、貴重な読書時間帯で目にした文章である。 「時間の使い方はそのまま命の使い方なのですよ。この世に雑用という用はない。用を雑にしたときに雑用が生まれる…」。 どの時間も、全て私の命の使い方である。私の意思でこうして動いている「私の時間」は、すべて輝いていると思った。  メールを書かないでいたのは、機内で読書に耽っていたからである。東野圭吾をすべて読み終えて読む物がなくなった、何か探そうと思っていた時に、「困っている人」(ポプラ社)の作者、大野更紗さんとシンポジュウムで出会った。彼女のすさまじい難病との生活。それをユーモアたっぷりに表現できる生き様に驚嘆。 読み終え、次の一冊を探しに本屋に立ち寄り、直ちに目にして買った一冊。「未完の贈り物」(著者:倉本美香、またもポプラ社)。機内でしか読書時間がない自分を悔やみながらも、機内に入れば直ちに本を広げ、涙で、何度も本を閉じ天井を仰ぎ、眼も耳もない著者の愛娘サラちゃんの写真を見て、また文章に戻る、を繰り返し、読み終えた時の自分の心の中に湧いた“静まり”。すさまじい読後感。 この、メールを書いていない期間にいろんな人との出会いがステキだった。ここで紹介しておこうと思った人。納棺師、笹原留似子さん。東日本の震災の地で出会った。彼女の著書、“おもかげ復元師の震災絵日記”〝心のおくりびと東日本大震災 復元納棺師~思い出が動き出す日~”(いずれもポプラ社)を一気に読んだ。ただただ感涙。彼女と、一緒に、被災地大槌町で仕事を創生しようと約束した。12月9日に山口に来ていただくことにした。 昨日は、山形で、旧知の友人の病床を見舞い、おそらくこれが最後と手を取り合って別れた。忘れがたい時間、忘れがたき人々が増える。そういう齢に、私自身がなったということだろう。 命の使い方としての私の時間は、私流に満足している。これでいい、このままでいい。 職員を230余名も抱える組織のトップとして、現実の諸課題に追いかけられる時間も、私の意思である。楽にしようと思えば、いくらでもきるのだろう。そうしたくないし、周囲から期待されればその事業をすべて請け負う。今、同時進行の仕事をいくつ抱えているのだろう。数えてみることも大事か? ①防府デイの増築工事、②浦安デイのプール新設工事、③夢のみずうみ村新樹苑(世田谷区)開設工事、④小規模特養:生きがい養生所防府・グループホーム夢のみずうみ村防府生活館新設工事、⑤特定施設夢のみずうみ村飯塚(福岡県)新設工事、⑥就労支援事業(イチゴ水耕栽培・長州萩大島一本釣り組合夢のみずうみの魚加工販売)、⑦夢のみずうみ村システム開発、⑧夢のみずうみ村萩デイサービスセンター開設・・・ これが、今の私の「命の使い方」である。資金繰りに奔走し、無い頭を必死に使い、寝る間を作り、仲間に支えられ押され、ほめられもせず、苦にはされながら、そうしたいから、そうする、の流れで動き回っている。その生き様の過程で、随所に感激感動感涙を頂く。だから、これでいい、このままでいきたいと思い、ただただ走り回っている。そういう昨今である。  命を削ってはいない、命を使っている。

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