月別アーカイブ: 9月 2014

恐山に いってよかった

 恐山に行くことには賛否両論があった。小さい子どもに、亡くなった家族肉親のことを想起すること自体、時期尚早ではないのか、という声。いや、3年過ぎた中で、現世とあの世との行き来できる恐山で、会いたい人に会って、自分自身のこれから先を見つめていくことが大事だ、という両論である。恐山にやってきた。素晴らしい天気。おどろ恐ろしいイメージは全くない。それは、この旅を提案し、資金作りも行っていただき、しかも昨夜から薬研温泉の宿舎に合流して泊まり、朝から随行してくれた笹原留似子さん(面影復元納棺師)の絶対的存在があったからだ。彼女が、恐山までのマイクロ車中で子どもたちに語る。  「恐山で守ってほしいこと、一つ目。大声を出さないこと、二つ目、走らないこと、3つめ、人の悪口を言わないこと」にはじまった心の持ち方の説明。三途の川の渡り方、大門をくぐる際の礼、手を清める清め水の正式の所作、石に名前を書いて、3つ以上重ね、祈りを込める儀式。子どもたちの中からリーダー2人を選定して、その2名を先頭に、他の方々に迷惑にならないように、隊列を作り、左側に寄って、でこぼこ道を上り下りしながら、地獄や極楽の話を聞きながら、おそらく、それぞれが、それなりに思いを湧きあげながら、静かに歩いて行った。「自分が会いたい人に会える場所」「会いたい人に会うためにここに来たこと」それを繰り返し、大事に語り、随所で、霊場の説明を丁寧に子どもたちにしてくれた笹原留似子さん。単に、霊場恐山の風景に浸るだけではなく、石ころひとつ、砂一つに意味を感じ入った子どもたち。極楽の泉(宇曽利湖)にたどり着いたところで、留似子さんが、「大声を出して、会いたい人の名前を呼ぼう」と言う。最初に彼女が大声で名を叫ぶ。同時に一斉に、各自、それぞれの名前を叫ぶ。私も親父と義弟(平井英俊)、その息子(祐太)の3人の名を叫ぶ。みずうみのそばに、入り口で手にした風車を立てる。風に吹かれて勢いよく回る。寝転んで空を見ながら、心を開く。弟が寄ってきた。親父は笑っていた。祐太もケラケラ笑っていた。涙が湧いてきた。ああ、ここは恐山なのだ。来てよかった。子どもたちも、それぞれが会いたい人物に会えたと思う。 入り口に戻ると薬師の湯という小屋のような硫黄の湯があった。そこに、子どもたちと入浴。熱い。無邪気だ。またここを訪れたいと思った。子どもたちの心の中に、しっかり刻まれた今日。何十年か先に、今日の日を感じる場面が訪れることになるだろうと、今、静かに思っている。

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恐山に向かっています

恐山66Kの標識を通過しました。陸奥湾の一角でしょうか。浅虫水族館から1時間たったのでトイレ休憩方々、海辺で休憩。子どもたちは早速海岸べりまで、駐車場の高台から海岸に続く階段を一気に下りて行きました。ひなたちゃんが、一番先に降りて、靴下を脱ぐ、さっと海の中に入りました。続いてみんなが波打ち際に。高台から、遠く夏泊と、下北半島先端を眺める。穏やかだ、今日は。すぐ下で海と戯れる子どもたちを見ながら、思う。私たちは、この子たちに日本の未来を託すんだ。必ず、夢ハウスのこの子たちは、将来の日本を担う貴重な人材になるはずだという確信満ちた感覚がジワーッとわいてきた。そのために、もっと寄付金を集めなくてはいけないなと覚悟しながら、子どもたちを見ている。吉山、横澤両名のスタッフともども、神々しい。涙があふれてくるのです。かつて、児童養護施設の指導員として定員65名の2歳から18歳の子供たちの面倒を見させていただいていた児童指導員時代。一生懸命に働いてはいたが、若気の至り、今から思うといい指導員ではなかった。ただがむしゃらに子どもたちに接していただけのものだった。今は違うなあ。この子たちの将来に期待しながら今の一人一人を見ている私がいる。僕は、この子たちの力になりたいと決意したことをこの場でも再確認したいと思った。恐山霊場まで54Kの地点を車は通過。海沿いの道を、左右。小さな松や雑木で囲まれた道を、走る。千と千尋の神隠しのDVDを見ながら。車窓の景色など見てはいないが、子どもたちが乗ったマイクロは恐山近くの今日の宿までスムースに走る。

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下北半島へ子どもたちと

いま、東北自動車道を走っています。運転手は宮本史郎君(現、首都圏事業部長)。山口デイサービスセンターのマイクロバスを、大槌の子ども夢ハウスまで持ってきて、子どもたちを乗せ、2泊3日のお泊り旅行に来ている。行先は、浅虫水族館、恐山、三沢航空館をめぐる予定。私はといえば、4日前、皆さんと夢のみずうみ村旅行で、香港を3日観光し、羽田国際空港に戻ってきて浦安デイのスタッフにバトンタッチして浦安の皆さんと空港でお別れし、国内線に移動し、山口宇部空港にもどり、山口で一日所用をこなして、羽田、東京駅、東北新幹線で北上駅前のビジネスホテルと移動。まさに現代が山頭火という流浪(?)。今朝五時起きで、宮本君の運転するマイクロにホテル前で合流し、子どもたちの待つ夢ハウスへ。みんなと一緒にいざ、下北半島に向け出発。天気予報は、雨のち曇り。今日は、浅虫水族館が中心だから、雨が降っても何とかなるかと思っていたら、晴れ男藤原。暑いほどの晴天となった。実は、香港も50%雨予報であったのに、滞在3日とも晴天。本当に私は晴れを呼べる男だ、間違いない。  さて、車は高速を降り、リンゴ畑ばかりの間を縫いながら、半島先端方面だ。右に行けば、夏泊、浅虫温泉、左は、三内丸山遺跡という交差点に来ている。右折した。マイクロバスの中は、1時間半以上前からルパン三世のDVDがかかってにぎやか。今朝北上の気温14度。2日前の香港32度。昨日のやまぐち28度。寒いのです。 はいはい、浅虫温泉まであと8キロです。ここでパソコン中断します。

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