おおつちに木枯らしが吹く

 朝から世田谷デイサービスセンターで26名の方に「夢のみずうみ村方式」の講演会を行い、終わって、東京駅に走り、最終便の東北新幹線「はやぶさ」に乗り、パソコンを広げている。おおつちに向かう自分の心がこれほど、重くつらく、苦しく感じられるとは想像していなかった。子どもたちの一人一人の抱える問題が、成長に伴って新しく起こってくるのは当然なんだけど、予想していなかっただけにあわてまくっている自分がいる。おおつちは寄付金事業である。それが底を突き始めてきた。これまで4000万円余ものご寄付をいただき、本当に貴重でありがたいのだが、やはり、1億円を集めないと、事業が安定化するまでには厳しいことが露呈されてきた。まさに正念場である。
 子どもたちの騒音問題というのも問題となってきた。ご近所からは、子どもの声が騒音であり、耳にうるさいとご指摘も受け、夢の教育方針を問われ始めている。奇声を発する子どもの存在が許せるか否か。それは、育て方の問題か脳のかたよりによる症状なのか、専門家がここにはいないが、いても、社会で受け入れられるか否かは別問題である。「社会的養護が求められている」と26歳の若ak利子児童養護施設の指導員時代、多摩地区の朝日新聞朝刊に、当時勤めていた至誠学園の「こどもの日特集広告」に一文を乗せた記憶がよみがえる。社会のみんなの力で、子ども育てる必要性、そういう地域が望ましいこと、そういう時代がかつてわが日本にはあったということ。それを思い出しながら、そういう思想(思い)は崩れ去ったのか。
 おおつちに2日半滞在し、2年目のクリスマスイルミネーションを作り、点灯式を行った。最近苦しんでいるある一人の、気になる子どもと出会い語る。たまにやってくる「(私)クッソー」はその子の力になれたかどうか分からないが、思いだけは必死に伝える。子どもたちは夜空に輝くイルミネーションの下、歓声を上げはしゃぎまわる。その声をやや離れて遠くで耳にしながら、イルミネーションを見る全体が見通せるからだ。今年は去年より大掛かりになった。よくぞ、ここまでやってきたなと、夢ハウスを続けてこられたこと、吉山、横澤、両職員の奮闘に感謝した。イルミネーションづが小刻みに揺れはじめ前が見つめられなくなった。
 今日は、朝から大槌町の議員さん二人に会った。おおつちにしっかり足を落ち着けるためである。いくつかのご指南をいただいた。いい方向に向かいたいと願っている。今は、一方的に資金投入するだけである。しかし、早急に、底支えする事業を展開し、ご寄付のお一人おひとりの意思にこたえたいと深く自覚したこの3日間であった。

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