日別アーカイブ: 2012年5月31日

障がいを背負った猫たちが棲むデイサービス

クロは猫である。夢のみずうみ村の住人だ。夢のみずうみ村山口デイの村役場(事務所)の専用椅子(それは相談員や施設長と同様の椅子)を一つ占拠して、パソコンのそばに、多くの時間鎮座し眠っている。いや、職員から優しく体や頭な喉を、なでなでしてもらうために寝たふりをしているのではなかろうか。  クロは、生後間もない頃、デイの玄関そばを歩いていた。いや、跳ねていた。左足前脚は親指を除いて他の4指がない。4本脚を均等に地面につけることができずに、ひょこひょこ歩きしかできない子猫であった。最初に出会ったとき驚いた。かわいそうに思った。まず小さかったし、痩せていたし、毛並みも荒れていて、野良猫の子として生まれ、なぜ指が切断してしまい、こうした歩き方になっているのか。それでも何かを食べてここまで生きているのだ。どうやって餌にありついていたのだろう、いやありつくのだろう。親の気配が全くない。まだ親離れできない子猫だと思うが、親が周辺にいない。野良猫の親にとっては足手まといになる子猫だったのか。親に捨てられた子猫だと思った。 手を差し出すと逃げた。しかし、餌がほしかったのだろう、餌をさし出すと寄ってきて恐る恐る食べた。手に載せたエサは食べないが手のそばのエサは寄ってきて食べた。それが、クロとの出会いであった。どうして指がないかは全く今もってわからない。  夢のみずうみ村では、以前、猫を飼っていた。村は捨て猫エリアのごとく子猫が大勢集まっていた。利用者さんが餌をやりだして、いつの間にか猫が増えてしまった時期があった。ある利用者さんは猫嫌い。当然であるが、猫好きと猫嫌いが、共に通いあう施設である。不健康であるという指摘もあった。だから、衛生面では施設長の吉村が常に気を配った。しかし、あまりに多くの猫で、きっかけはもう忘れたが、猫を施設で飼うことをやめようということを私が英断して、協力して、みんなで餌をやらなくなったら、相当の期間を経て、猫は全く来なくなった。周囲から猫の影が消えた。それから、随分日数がたち、猫は、我が夢のみずうみ村山口デイサービス近辺にはいなくなっていた。  ところがクロが目の前に来た。この障がいを負った子猫を見捨てると、福祉はできないと思ってしまった。そういう思いにさせるほどクロは訴えていた。命あるもの、やせ細って、きたなく、みすぼらしい子猫。助けを求めている。どうしても追い払うことができなかった。正常な発達をしている子猫であったら、鬼になって、追い払ったかもしれない。管理者として、衛生面に気を配らなくてはならない立場だからだ。しかし、捨てることができなかった。一緒にクロがエサを食べるのをじっと見ていた吉村施設長も、「猫を施設に寄せ付けるな」という方針(私自身が決めた)や歴史を百も承知だ。彼女の口から、「この猫飼いましょうか」とは言い出しにくかったようだが、「捨てましょう」とも言わず、黙って水を与えていた。状況は、「さあ、おなか一杯になったろうから よそへお行き」とは、絶対に言える雰囲気ではないし、一切、そういう気持ちは私に沸いてこなかった。 そのうち、なんとなく、いや、確か、吉村施設長が「村では、猫は飼えませんよねえ」といった気がする。それは、こびるでもなく、規則だからだめですよねえ、でもなく、飼いたいですねでもない。おそらく、どうにかなりませんかねえ、どうにかしてやりたい、というようなニュアンスが含まれていたような気がするが、今となってはどうでもいい。 「飼おう」と私が宣言した。ここで、この足の悪い子猫のクロを見捨てていたら、施設の介護理念が歪むとさえ感じさせる大英断であった。それは今でも痛感する。この英断は大正解であったと思う。ネコであっても、人間と変わらぬ、障がい像を見せつけ、厳しさを漂わせていたクロであった。「よかったねえ、理事長が飼ってもええってよ」と吉村施設長は何度も連呼していた。「そうだそれでいいのだ、よかった、よかった」と、自分自身も吉村施設長の声に納得して喜びを味わった気がする。 結局、施設長の自宅に何日間か連れ帰った。かって、何匹もそうであったように、やや大きくなるまで吉村家の住人になっていた気がする。ちなみに、吉村施設長のご主人は理学療法士で、山口コ・メディカル学院を一緒に立ち上げた友人である。夫婦そろっての猫好きなのだろうか。旦那の趣向は詳しくは確かめないまま、いつも吉村家に夢のみずうみ村の猫たちは世話になってきた。この場を借りて感謝申し上げたい。  暗黙のうちだったと思うが、私も施設長も、管理者2名が、規則らしき了解事項を無視して、勝手にクロを施設で飼い始めたわけである。もちろん、病院に連れて行って、予防注射や、飼育箱、餌を買ってきた。施設内は専用の飼育箱、それに、首輪をつけ、長い紐をつけて飼っていた。  そのクロが今は我が事務所の主だ。  そこまでは、まあ許される話とさせていただこう。歩行不自由のクロはもちろん成長し、飼育箱から外を散歩するのであるが遠方には無論行けない、行かない。事務所前の車の下、アスファルトが常連の寝場所だ。  ところがである。クロに彼氏ができたのだ。彼氏は白ブチ猫だから「シロ」。おんなじような年恰好だ。無論野良だ。えさは、ちゃっかり拝借方式で、野良の習性ばっちり。しかし、おかしなものでどんどん施設になついてきた。クロはいいけどシロは飼ってはいけないはずなのに飼い猫になってしまった。オスとメス。冬場、外は雪が積もる寒さだ。施設内の籠の中に2匹を入れた。職員皆でカンパしてクロの避妊手術をさせてもらった。それが、シロも飼うことにした我々の覚悟であった。  時は過ぎてついこの間のことだ。クロちゃんは毎晩、自宅の籠(施設の玄関の内側)で寝るのだが、風来坊となった浮気者のシロは餌だけ食べに戻って、夜な夜な遊び回る暮らしが当たり前となって久しい。  そんな2週間ちょっと前。久しぶりに山口デイに私が戻ってきた翌日、事件は起こった、  「シロがワナにかかった」と吉村施設長から内線電話。事務所に行くと、シロの右足に鉄製のワナが食いついて痛々しい。あのじっとしていないシロが、身動きしないでそこにいる。 「イノシシか野兎のワナではないか」という話をするのだが誰もよくわからない。動物病院直行。手術覚悟。上肢をもぎ取るのではないかと、同様の被害を、自宅のネコで体験した職員がいう。そうであったら、シロもクロも障がい猫だ。病院で、右手に食い込んでいたワナを取り外し、抗生物質の注射を打っただけでシロは返されてきた。おとなしい。複雑骨折でこのまま放置するしか手はないとのこと。鳴き声がか細い。  ところで、シロは、ワナにかかる前日まで、浮気をし、愛人を作っていた。その事実はやがて職員全員が知ることになる。シロと一緒に、時々、その愛人猫がエサをねらって、夢の村役場(事務所)近辺に近づいてきたのだ。正妻(?)のクロは、ヒステリックに不自由な足を押して、感情をあらわにして愛人猫を追い払う。思わず応援してやりたくなるほどだ。足をちぐはぐにした移動の恰好が憐れに思える。クロのすさまじい情念を見た。   シロはクロの動きが悪いことをいいことに、遠方まで浮気三昧をした天罰(?)でワナにかかったのではあるまいかと噂が立った。めったに、村に帰ってこなかったのに、この重傷である。おかしなもので,シロが負傷して以後、愛人は、ぴたりと来なくなった。  しばらくシロの様子を見ようということで、かごに入れていたが、すさまじい声で一日中鳴くので、仕方なく、誰かが、かごから出してあげたらしい。シロは、愛人を追ったのか。右前脚をクロ同様、足を地面につけづらく、ひょこひょこしながら歩く。メス猫のクロとちがい、動きは少し早い気がする。さすがオスらしいと思ったが、右足に体重をかけられないはずなのに、無理して移動する。痛いのだろう、不自然な歩き方だ。このまま放置すると傷口から菌が入るし、手足も変形してしまうのではないか。いくらなんでも、獣医の言いなりに「様子を見ておきましょう」として、重症化させては元も子もない。そこで、シロを再度、籠に収監する作戦がたてられ、見事に、籠に収まった。  結局、シロは、右手の指は残し、手のひらの筋肉と骨を取り除いた。包帯が痛々しい。手術した傷口に、口が届かないようにするため、首の周りに、プラスチックの大きな丸輪をはめて帰ってきた。村の大きなかごはシロ専用。もう一つは、夜だけクロ用。現在、事務所の近辺には、猫用の籠が2つある。  ネコ好きのスタッフは気になるまいが、猫嫌いな職員や利用者さんは、こうした状態を苦々しく思われているかもしれない。しかし、そこは夢のみずうみ村の住民の皆さんは腹をくくっておられる気がする。障がいを背負ったクロはみんなに受け入れられているのだ。同じ障がい持ち猫になったシロの場合はどうなるだろうか。愛人を作り、たまに、食事時しか帰ってこなかったシロには愛情が湧きにくかったはずだが障がいを背負うと事態は一変するのではなかろうか。クロより大柄で、私はちょっぴり憎たらしいと思っていたシロも、障がいを背負ったら可愛くなってきたからだ。おそらく、歩き出したら、右足に体重をかけられないから以前とは様変わりした移動状態をみんなの前にさらすだろう。シロもクロも「障がい猫」。よくも、夫婦そろって同じような障害を背負ったものだ。おそらく、村のみんなは、いたわしく思い、シロに対してもクロと同様に暖かく見守ってかわいがっていただけるような気がする。甘いだろうか。  しかし、2匹もの猫が、夫婦そろって手に障がいを背負った。移動する時は、すたこらさっさと走れない身体になった。片足に体重をかける時に、ひょこひょこ歩きをしなくてはいけない。二匹ともである。こうした猫が飼われて棲んでいるというのが夢のみずうみ村らしい。  そうこうしていたら、クロに、貰い受けの話が飛び込んできた。日曜日に吉村施設長と交代で餌やりに出勤してくれる職員の久重君が、自宅に連れ帰りたいとのこと。今日施設長から聞いて、少しさみしい気がした。クロはもはや、事務所の住人である。それを許していいのだろうか。花嫁の父親の心境に近い? 私には娘がいない不確かだが、どうもそういう感覚ではなかろうか。淋しいのだ。しかし、彼の家に嫁ぐのならばいいか?!。  本当にそうなら、嫁入り(?)の前に、送別会をしてやらねばなるまい。    2日だけ山口に戻り、今日、6月10日は京都で講演し、浦安に戻る予定。今日は日曜。山口デイサービスは朝早く、職員も誰もいない。私が村に出勤すると、シロはけたたましい声で泣く。目ヤニがいっぱいで、籠の間から指を出してとってやるが、じっと顔を向けている。調子が悪いのだろう。籠の上の段で横になりながら、足がうずくのか、かごの外に出してくれと泣くのか、金切り声になる。養生している身だから、出すわけにはいかない。クロはせがむので、事務所のドアを開け、外に出した。案の定、送迎車の下の定位置に長々と寝っころがる。シロはますます金切声。「浮気をした罰が当たったのだよ」とクロは言いたげだ。意に介さず体の毛づくろいをしている。  クロもシロも、夢のみずうみ村の大事な住人だ。障がいを背負ったからこそ、我々のそばをじっと離れることがなく、かえって、親しく、みんなからタッチされて愛される存在でいられる人生(猫生)を送ってきた。もし、夢のみずうみ村の住人にならなかったら、施設の近隣の野山を駆け回って、野良猫人生(猫生)を送っただろう。どちらが幸せか。  クロを見てきた我々は、前者がいいと思う。だから、シロもそのうち、あまり激しく動き回らず、事務所の椅子の上でいつも身体を丸めている番ネコになってくれるのだろうか。そうすると、椅子はもう一ついるか。いや、クロが嫁入りすると一つで済むのか。シロも一緒に異動できないのか。やきもきしながら、動静を見守っている。それだけ、気心が通い合う仲間なのだ。

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