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人生の賞味期限 藤原茂 2028年10月6日 80歳 まで認定する

人生の現役認定証         2021年9月6日 藤原茂 殿      人生の現役として貴殿を認定する。 人生の現役賞味期限 2028年10月6日 夢のみずうみ村人生の現役認定委員会 人生の現役認定証は、現在、防府市で行っている、短期リハビリテーション事業の中で、夢のみずうみ村防府デイが、利用者さんにリハビリテーションを12回実践し、その結果に基づいて発行する利用者さん支援手法である。それを、自らが、自分自身に対して、公に、認定証を発行し、その決意をここに表するという、実に自分勝手なものである。しかし、真剣に、真摯に、これを施行したいと考える。 夢のみずうみ村代表を降り、株式会社夢のみずうみ社、新社長に片山勝彦君、社会福祉法人理事長に宮本志郎君の両名に役割委譲し、まもなく3か月が過ぎようとしている。スムースな移譲ができた背景には、二人のトップ、それぞれの、並々ならぬ危機感が背景にあってのことだと感じている。私自身、責任をこれからもしっかりととっていく覚悟として、自分に「人生の現役認定証」を発行し、尻をたたく腹積もりでこのことに及んでいる。 思えば、無一文で始めた夢のみずうみ村事業。借金に次ぐ借金。よくも、お堅い銀行が、私のような、無宿風情の一介の作業療法士に、億単位の金を貸したものだ。いまさらながらに驚く。 経営感覚ゼロ。情熱だけの、作業療法士20年選手だった藤原茂に、なぜ、多額の金を貸したのだ!。53歳から73歳になる今年まで20年間。 書類に、我が、住所、氏名を、戸籍通り正確に書き、実印を何百回押したことか! 借りるほうも借りる方。貸すほうも貸す方。客観的に、情勢判断、経営判断する視点がなく、すてきな福祉、より良いリハビリテーション手段、そればかりを藤原茂は考えてきた。「おまえ! そんな金借りていいのか!」と、誰も私を止めるものはいなかった。 そもそも私は経済学部に入学はしたが中退だ。いや、卒業していたとしても、経営学部ではなかったから、経営センスは皆無である。福祉・リハビリの現場の充実発展。それしか考えてこなかった。そういう人間は、長期間、経営トップに居てはいけなかったのだ。 人生振り返ると、20代前半は、児童養護施設で早朝から深夜まで、休みなしの24時間施設住み込み指導員。それで大学は中退した。学校に行く時間よりこども達との現場の方が楽しかった。いろいろあって、33歳で作業療法士となり、精神科病院、老人病院、リハビリテーション病院と、作業療法士として、それぞれの現場で持っている英知を最大結集し工夫したリハビリテーションを展開した。 今、思い返しても、すてきなプログラムの数々だったと自画自賛したい。創意工夫は、当事者(患者さん)のためのリハビリ手段そのものの創出であったし、そこに経営感覚は不要であった。人を動かす感性は養われてきていたと思うが、金勘定には無縁であった。 48歳(1996年)、山口県で初めてのリハビリテーション学院の創設にかかわった。学科運営、学生指導は、むろん経営とは無関係であった。学校法人に雇用されている立場であり、経営は、事務サイドにその任に当たる方が配されていた。53歳になるまで、私は、教鞭を振るっていたので、ここでも経営の「け」の字も私の「み」にはついていなかった。 53歳。私は、それまでかかわってきた障がい者の方々、障がい児と親たち。彼らと、たまり場を作ろうと思い立った。その後の人生の始まりだ。 「NPO法人」「1円株式会社」という言葉が目の目に登場し、私は衝動的に走り出した。夢のみずうみ村村民税という発想。藤原茂得意の思いつき。すぐに、実行する軽薄さと実行力。困ったものなのだが、当の本人は良かれと思い、がむしゃらに突っ走った。 それから20年も過ぎた。どこを削り取っても、経営に対する無神経さ、無頓着さが付きまとい、結果として放漫経営。「責任を取って辞めろ!」といわれることなく、しかし、一緒に悩み苦しんでくれた数々の幹部、我が懐刀だと勝手に称していた重鎮スタッフたち。Mさん、Oさん、Hさん、Sさん。そのほかにも若手有望株の数人。その進言を私はしっかり自分自身に落とし込まずにひたすら前を向き走り続け、結果として無視していく経過をたどったのだ。 今日、幸い、不採算部門を整理でき、バトンタッチするべき機会と人物が身近に存在してくれていた。本当にありがたい。今後、私は、役職を降りるが相談役として、何か問われたり、呼ばれたりしたら、すぐに対応できるように構えておきたい。 老兵は消えゆくのみ。新しい経営陣がやりやすいように、表舞台には顔を出さない心掛けが肝要だと自分に言い聞かせようと思った。その決意の表し方として、「人生の現役認定」を行おうと思ってのことである。 人生の現役を続けるために、私の決意を示しておかねばなるまい。 今、生きがい、やりがいという視点が、自分の内面から消えていくことを恐れる。だから、私は、自分の人生の後半から始まった夢のみずうみ村事業を、ライフワークとして、我が人生にしっかりと織り込み、楽しく、面白く、深く、考えに考え、できうる最大の感性を働かせ、残存する能力、思いつき、思考の産物を、「夢のみずうみ村LIFE事業」というものにつぎ込んでいきたいと考え、毎日行動していこう、それが人生の現役の取るべき姿だ。 夢のみずうみ村LIFE事業とは、かつて、夢のみずうみ社でソフト開発してきた「リハビリテーション技法・介護技法・自立支援技法・自己選択自己決定技法」の集大成版である。 夢のみずうみ社では、システム開発してきた従来のソフトをどのように活用処理するかは、新体制で決まると思う。それはそれとして、私自身の生きざまとして人生の現役の仕事として、夢のみずうみ村LIFE事業をコツコツやり続けたいと考える。 藤原茂個人の人生、ライフワークとして、作業療法士になってリハビリ福祉に携わってきて学習してきたmonoを後世にまとめて残そうと決意したものである。私は、夢のみずうみ村という実践の現場を持ちながら自身の探求心、研究心、創意工夫のHOW・TOを実践してきたが、その延長線上で終活としてお迎えが来るまで、人生の現役として作業療法士の仕事をしたい。 特別なことをやろうというわけではない。現場から去った今、そしてこれから。私は、これまで、思いついていたこと、それなりにリハビリテーション手法として、福祉手法、自立支援・生活行為支援法として、いいなあ、これはいい、こうしたらもっと良くなるよ、うん、絶対こうしたらどう?、とやってきたものを、生きている限り世に残そう。そう思うようになってきただけだ。これらを、世に残すのは私の自由だとおもう。それらを、参考に使ってみるとか、やってみたいという吾人が出てきたらとか自由だ。勝手のおやりくださいというスタンスだ。 私が、今、残そうとしているのは、まったく個人的裁量であり、生きてきた証を残そうとしているものであり、社会に役立てほしいという意図はないと申しあがておきたい。 弱い人、障がいを持っている人も、それなりに生きている人も、生活に不便があり、難儀苦しみがある。自立したい、満足のいく楽しい暮らしをしたい、生きたい、幸せでいたい、などなどの思いをかなえる、処方、手立て、手段、方法はある。 どうもあるように思えたり思えなかったり。いや、ありますよ、絶対!と感じた夢のみずうみ村事業の20年間である。うん、必ずあるよ、今、退任してそう思う。だから、そのころの人生で、私が、感じたもの、感じたこと、残されている我が頭の中に無意識に潜んでいる、それら、et ceteraを、ほじくりだしたいのである。 ホームワークを主に、私は、昼夜を問わず、パソコンに向かって、頭の中をパソコン画面に打ち出している。ただ、パソコンに保存していくのだけはむなしいので、時折外部に表出し、生きている喜びを確認しながら、一段一段、時に段飛ばししながら、時間が過ぎていく。 人生、とりあえず、80歳までを人生の現役賞味期限とした。そのことを、少々長くなったが我がブログを使い証言した。身勝手をお許しくだされたし。

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夢のみずうみ村物語 その12 「生きがいスケール」を使ってみよう

「生きがいスケール」を使ってみよう 寝たきりの意識がないただ呼吸している段階から、徐々に回復し生きがいを持つまでの段階を6段階に分け、生きがいスケールという物差しをつくりました。 心やからだの働き、その全体としてどういう風に活動するか、働くかということを6つの段階に分けてみました。それを生きがいスケールと名付けました。あなたは6段階のうち、どの段階に位置しておられますか。 <生きがいスケール> 段階1 目に見える身体の動きがない生命体としての段階 (食べて排泄するだけであるが、しっかり呼吸し生きている生命としての段階) 段階2 身体の動き、意志の働きが見える段階 (自ら身体を心地よい方向へ向かって動かす、本能主体の段階) 段階3 感動体験・感激経験できる段階 (感動し、感激することをひたすら求める段階) 段階4 自己の再発見再確認段階:有能感・達成感再獲得段階 (自分の行った実績、事実をみて、そこまでできる自分を見直すことができる) 段階5 新しい価値観での自分の発見段階 (さらに自分にできうること、新たなる感動を求めて動くことができる段階) 段階6 生きがいの構築段階 (些細なことにも感動でき、生きていてよかったと じわっと感じる段階) 以上のスケールをもっと具体的にイメージしやすくするために、ちょっとやっかいな感じで下図としてお示ししました。寝たきりで意識なく、ただ呼吸のみの存在から、徐々に回復し、最終的には生きがいを持って全人間的復権を果たす、リハビリテーションの中味を段階漬け(生きがいスケール)したものです こういうお話を紹介します。 何もしたくなかったけどとりあえず移動して 餃子をつくっている場所まで行ってみる。 「餃子つくってみませんか」と声がかかる。その気がなかったが、特別何をするつもりもなかったけど、「ちょっとやってみよう」と腰掛けた。(身体が動く) 片手でも案外簡単にできた。なんだか楽しくなってきた。(心が動く) もう一個つくってみよう、またさらに一個。気付いたら十個もつくっていた。(身体が開く) 料理って楽しいですね。「また、今度他のものをつくるとき声かけしてください」と口走っていた。(心が開く) こうした発展的段階を仕掛けるのがデイサービスのリハビリテーション的発想です。元気になって頂くための仕掛けなのです。

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